2005年07月のお知らせ
耕日庵の茶道教室では、基本を大切にし、教養とマナーの面での茶道も勉強していきます。四季折々の茶会、茶事が楽しめ、茶道を通して日本の歴史と文化を知っていただければと思っております。
朝顔
(2005.7.31[Sun])
朝顔にまつわる有名な話があります。
利休邸の露地の朝顔の花が大変みごとだというので、秀吉は朝顔の茶事を所望しました。約束の日時に利休邸に赴いてみると、露地には朝顔の花はおろか、蕾さえもありません。内心不満に思いつつ、にじり口より入り床の間に進んでみると、そこには何とみごとに、今開いたばかりの大輪の朝顔がたった一輪、入れられ夢のように浮かび出ていました。秀吉は感歎久しゅうして語るべき言葉を知らなかったという。
利休さんはわずかな朝の一刻を生命限り咲く朝顔の花の上に無常なる時の流れを聞き、同時におのれの生命を浮かべて足早に流れ去ってゆく時の流れに心の耳をすまし、そこにおのれのあるべき姿を見出されたのではないでしょうか。
木槿
(2005.7.28[Thu])
夏の花の代表とも言われている、むくげです。
万葉集に
朝顔は 朝露負ひて咲くといへど
夕影にこそ咲きまさりけれ
この万葉集に詠われている朝顔は現在の朝顔ではなくて、むくげのことらしいです。
季節の花
(2005.7.4[Mon])
桔梗。明智光秀の家紋は桔梗ですね。
松尾芭蕉の俳句に「月さびよ 明智が妻の 話せん」
光秀とその妻熙子(ひろこ)感動秘話を聞いて詠んだ句です。
光秀が諸国遍歴の時に結婚しました。しかし結婚間近に彼女は疱瘡を患い、あばた面になってしまった。心配した父親は替え玉として妹を嫁がせたのですが、光秀は見破り、妹を戻して、あえてあばた面の熙子を迎え入れました。ある時、光秀の仲間を家に招き、馳走をせねばなりません。集まる人数分の料理を用意するだけのお金がありません。光秀が頭を抱え込んで悩んでいた時、熙子は「ご心配は無用です」と言って、仲間のどの家よりも立派な料理を用意しました。面目をたもった光秀は宴会のあと、熙子に尋ねました。「どのようにしてあのような立派な料理を用意できたのか」。熙子は頭のかぶりものを取り,「髪を売りました」という。そこには昨日まであった美しい黒髪が消えていました。
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